掌の小説

川端康成「掌の小説」

掌編小説集。収録作は百編余。散文詩というような、限界まで削ぎ落としたような作品群で、気の利いたオチのあるショートショートではない。軽い読み物のつもりで手に取ったものの、いざ開いてみると一編、一編、読むのに体力が入り、一年以上かけて少しずつ読み進めてきた。

名作の誉高い「有難う」は、バスに乗って街に売られにいく少女と、その母親、バスの運転手の物語。少女の悲しい境遇と、荷馬車や人力車を追い越す度に「ありがとう」という挨拶を欠かさない感じの良いバスの運転手の描写が対照的。人の慰みものになる前に、という母の頼みで、運転手は少女と一夜を過ごす。人生の悲哀と温かさがほんの数ページの中に詰まっている。

妻と幼い娘のもとに、別れた夫から「生活音を立てるな」という手紙が届く「心中」。妻と娘が一切の音を立てるのをやめた=死んだ時に、夫も枕を並べて死んでいたというラストは解釈が難しいが、強烈な印象を残す。

「笑わぬ男」は、映画の撮影のために用意した古楽の面をめぐる話。柔和な表情の面を病床の妻が着け、外した瞬間、その表情がひどく醜く見えたという場面で、現実を覆い隠す芸術への恐怖が仄めかされる。

そのほか、「骨拾い」などの自伝的作品、「雪隠成仏」のような宇治拾遺物語にでも入っていそうな説話風の話まで(さらには変態的な嗜好が見え隠れする描写も散見され)、著者の全ての要素が詰まった一冊。

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