他人の顔

安部公房「他人の顔」

久しぶりに再読。化学事故で顔を失った男が、本物の顔と見紛うような精巧な仮面を作り、他人として妻を誘惑する。人間にとって顔とは何なのかという哲学的な考察をはらんだ長編。

妻との関係を巡るドラマは後半にわずかに書かれるばかりで、安部公房は小説の大半を顔を巡る考察に費やしている。

人間の価値が、その人格や業績にあるのだとすれば、顔は付随的なものにすぎない。しかし顔を失った人間は社会の中に居場所を失う。自他の間にある顔は自分と他人をつなぐ一種の通路である。ひとたび顔と自我の結びつきが揺らぐと、自己の存立も不確かになる。男はやがて自らが作った仮面に嫉妬し、囚われ、自己を見失ってしまう。

今の時代を生きていたらどんな作品を書くだろうかと思う作家はいろいろといるけれど、安部公房ほど新作を読んでみたい人はいない。

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