土の記

高村薫「土の記」

 

純文学/大衆文学という日本独特の線引きにどこまで意味があるのかは別として、現状の日本文学のジャンル分けで言えば、この作品は完全に純文学だろう。

最近は文学性と大衆性を併せ持ち、線引きが難しい作品を書く作家が増えているが、ミステリーやサスペンスで人気を博した著者は、純文学に「転向」したと自ら語り、小説の可能性を意識的に探究している。

交通事故に遭い、長く昏睡状態だった妻を亡くした72歳の男を語り手に山村の日々が綴られる。事故は本当に偶然だったのか、妻には男がいたのではないか――。とりとめのない思考の中で過去と現在、現実と妄想が混ざり合う。一方で、タイトルに「土の記」とあるように、農作業の描写は非常に細かい。

人間を卑小なものとして飲み込んでしまうような自然の描写に、中上健次のような空気から、深沢七郎のようなアンチ・ヒューマニズムまでを感じさせる。小さな世界を描いた大作。

野間文芸賞、大佛次郎賞、毎日芸術賞受賞。

コメントを残す