ワンちゃん

楊逸「ワンちゃん

タイトルの「ワンちゃん」は、ワンワンではなく、王(ワン)ちゃん。

著者の作品は3冊目。中国出身、母語が日本語以外の作家で初の芥川賞受賞として話題になった「時が滲む朝」はそれほど面白いとは思わなかったが、中国人留学生の日常を描いた「すき・やき」を読んで、その素朴でユーモアにあふれた筆に引き込まれた。

「ワンちゃん」は文学界新人賞を受賞したデビュー作。かわいらしいタイトル、やわらかな文体とは裏腹に、そこに描かれているのは救いのない“生きづらさの悪循環”。ついついハッピーエンドを期待しながら読んでしまったが、安易な救いは訪れない。

働き者のワンちゃんは、中国で最初の結婚生活が破綻し、日本の田舎町に嫁いできた。無口で会話のない夫、引きこもりの義兄、唯一心の通った優しい姑は病に倒れてしまう。日本と中国の農村を結ぶ集団お見合いの事業を手がけるが、その過程で、自分にあり得たかもしれない別の結婚生活、別の人生を見て、ワンちゃんの閉塞感は高まっていく。

居心地のいい場所を見つけるのは難しい。中国から日本に来ても、あるいは日本から中国に戻っても、それぞれに生きづらい社会が待っている。読後感は暗いが、ワンちゃんのキャラクターが魅力的で、自分も含めて生きづらさを抱える多くの人を応援したくなる小説。

併録の「老処女」は、タイトル通り、男性との交際経験の無いまま45歳になってしまった女性が主人公。中国から日本に留学して研究に打ち込んできた彼女が、ある日急に恋に目覚める。夢見がちで、目が合っただけで脈があるかもしれないと思い込んでしまう初々しさは、もはや小中学生の初恋のような瑞々しさではなく、序盤から悲劇の予感しかしない。

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