私は魔境に生きた

島田覚夫「私は魔境に生きた ―終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年」

これはすごい記録だ。戦争体験記として貴重であるだけでなく、読み物としても類を見ないほど面白い。

敗戦を知らず、ニューギニアの密林に10年間。

前半はとにかく悲惨。撤退路を断たれて籠城を決意し、17人で始まった密林生活はマラリアなどで4人にまで減ってしまう。しかしそこから先の“文明”の進歩が素晴らしい。

物資が尽きていくとともに蛇や蛙を食べ、原始時代まで逆行した生活は、レンズを作って火をおこしたり、農園を拓くなどして再び前に進んでいく。地名や動植物に独自の名前を付け、農園は10haを越すまでに。猪の油でランプを作り、炭窯とふいごの完成で鉄器時代に。

数年後、原住民に見つかって、ついに異文化の交流が始まる。身振り手振りから始まり、言葉を覚え、物々交換で知識も物資も一気に広がりを見せる。人類の歩みを早回しで見ているようで、次々と新しいものを生み出していく人間の英知に感動を覚える。

後半、原住民の村の歴史や風習についても詳しくまとめており、文化人類学の記録としても読み応えがある。タイトルには魔境と書かれているが、そこにあるのは決して魔境ではない一つの社会の姿。

かなりのボリュームで、フィクションでは到底想像しえない細かな描写。戦争の悲惨さを伝えながら、人間賛歌にもなっている。新刊ではないが、今年読んだベストかも。

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