有吉佐和子「一の糸」
芸道一筋に生きた文楽三味線弾きの露沢徳兵衛と、その後添えとして生涯をささげた酒屋の箱入り娘の茜の一生を、敗戦、文楽会の分裂、鶴澤清六と山城少掾の決別など、現実の出来事をモデルに交え描いた長篇小説。
文章は読みやすいが、文楽の描写の緊張感と二人の生きざまに引き込まれ、読み終えてどっと疲れが出る。
終盤、決別したはずの徳兵衛と宇壺大夫はぶん廻しの裏で互いの芸に耳を澄ませる。大夫と三味線、三味線と一の糸、そして妻と夫。誰も口を挟むことができないほどの絆の存在を描いた物語とも言える。
「三の糸が切れたら、二の糸で代って弾ける。二の糸が切れても、一の糸で二の音を出せば出せる。そやけども、一の糸が切れたときには、三味線はその場で舌噛んで死ななならんのやで」