津村節子「紅梅」
吉村昭が亡くなるまでの1年半。主人公に育子という三人称を設定しているが、登場人物を夫、息子、娘と呼ぶ語りは完全に一人称視点。舌癌と膵がんの闘病生活は凄絶なものだったろうが、淡々とした描写はそれを感じさせない。
「夫は、胸に埋め込んであるカテーテルポートを、ひきむしってしまった。育子には聞き取れなかったが、『もう死ぬ』と言った、と娘が育子に告げた」
自ら最期を迎えたシーンの筆致の抑え方は鳥肌が立つほど。互いに作家として売れる前から半世紀以上連れ添ってきた津村節子と吉村昭という夫婦の絆の深さが感じられる。