誰が音楽をタダにした? ─巨大産業をぶっ潰した男たち

スティーヴン・ウィット「誰が音楽をタダにした? ─巨大産業をぶっ潰した男たち」

「音楽を手に入れることだけが目的じゃなかった。それ自身がサブカルチャーだったんだ」

よくあるネット史の概説書かと思いきや、一級のノンフィクション。事実は小説より奇なり。音楽が無料で(その多くは違法で)流通するのは、何となくインターネットの発達の必然で、自然にそうなったような気がしていたが、あくまで人の物語なのだ。“音楽をタダにした奴ら”の姿を丁寧に追っていく著者の筆致は、下手な小説よりもスリリング。音楽好き、ネット好き必読。


まずは著者の告白から始まる。

「1997年に大学に入った時、mp3なんて聞いたこともなかった。初めての学期末に、2ギガバイトのハードドライブに海賊版の曲を何百と詰め込んだ。卒業する頃には、20ギガバイトのドライブ6台がぜんぶ満杯になった。2005年にニューヨークに引っ越した頃には、1500ギガバイトの音楽を集めていた。アルバムにするとおよそ1万5000枚だ。(中略)聞かない曲も多かった。ABBAなんて大嫌いだし、ZZトップのアルバムは4枚も持っていたのに、正直タイトルも思い出せない。じゃあ、なんでそんなことをやってたんだろう。好奇心もあったけど、何年も経った今思いかえすと、雲の上のエリートの仲間に入りたかったんだとわかる」

物語は始まりは80年代。mp2とmp3の規格戦争。全ての点で優っていたはずのmp3は、フィリップスの政治力に敗れる。しかし、その数年後、mp3はWAREZ文化と出会い、開発者も予想しなかった大復活を遂げる。mp3の開発チームは既に次世代規格AACの実用化に向けて動いていたが、開発者が普及のために無償配布していたエンコーダーなどが、いつの間にかアンダーグラウンドに根を下ろしていた。

開発チームの話と平行して、ユニバーサル・ミュージックなどでCEOを務め、ラップ音楽の全盛期を築いたダグ・モリスの半生と、米国南部のCD工場で働いていた男たちの物語が展開する。

音楽とネットが大好きな1人の工員が、せっせと販売前のCDを盗み出し、大量にアップしたことが世界に大きな影響を与えた。彼の名はグローバー。KanyeもJay-ZもEminemも、彼が発売前にネットに放流した。当時、まだ狭かったネット社会では、珍しいデータを手に入れたり、誰よりも早くアップロードすることは何よりも賞賛された。グローバーが所属したグループ(RNS)は10年ほどの間に2万枚をリークし、彼はその最大の供給源だった。

リークに情熱を傾けた彼らは、音楽が欲しかったというよりは、ネット上にアーカイブを完成させることに熱狂していた。少しでも早く、少しでも多く。アップロード競争は過熱し、ネット上に存在しない曲が無くなるまでは一瞬だった。同時に、一度は表舞台から消えたmp3が業界標準として世界を支配することになった。おそらくレコード会社側が先手を打って音楽のネット配信に本腰を入れ、公式のデジタルアーカイブを作り上げていれば、こうはならなかったかもしれない。しかし歴史にifは無い。

覆水盆に返らず。一度タダになったものは、もとの市場には戻せない。レコード会社やミュージシャンは、個々の曲を売るのではなく、広告収入で稼ぐ、定額で配信する、ライブで稼ぐという仕組みに活路を見いだすようになる。

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海外の本なので、日本の状況については具体的に触れられていないが、日本ではレンタルCDが発達していたことや、高速通信回線の普及の遅さなどから、mp3に関して言えば、違法ダウンロードよりも、個人利用のリッピングが先行していたように思う。

自分も00年前後のNapsterやWinMXを知る世代だが、もっぱら市販されていないライブ音源(狭義のブートレッグ音源)を手に入れるのに使っていた。

ただこのことが日本の音楽業界にとって良かったかというと、海外に比べて明らかに業態転換が遅れているし、より深刻な状況にあるようにも思える。

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