原武史「皇后考」
天皇に比べて皇后に関する書物は少ないが、近代以降の天皇制においては、天皇とともに皇后の存在も重要であることは論をまたない。皇后は生まれながらの皇后ではない。だからこそ皇后は自ら皇后像を作り出さねばならず、皇后の存在には国民と皇室との関係が現れている。
著者は、昭憲皇太后=明治、貞明皇后=大正、香淳皇后=昭和の3人について、皇后のモデルとも言える神功皇后=戦う皇后、光明皇后=慈母としての皇后、皇祖神で女神であるアマテラスとの関係で、その行跡を追っていく。特に夭逝した大正天皇の後、戦後まで大きな存在感を持った貞明皇后と昭和天皇の微妙な関係は興味深い。大正末期、政府は、神武天皇よりも国民によく知られ、それまで第15代天皇に数えられることも多かった神功皇后を歴代天皇に含めない決定を下した。神功皇后は女帝ではなくあくまで摂政とされ、皇位には69年に渡る大空位時代が生じた。その背景に、貞明皇后の存在感が強まることを忌避する政府の判断があったのではないかと著者は推察する。
歴代の天皇、皇后については自筆の資料、肉声がほとんど公開されていないため、記述は仮説や推論に終始せざるを得ない。そのため学術書としては不完全な印象があるものの、日本の近代史を皇后から読み解く刺激的な一冊。