宮本輝「錦繍」
元夫婦の間で交わされる書簡体小説。肝心なことにはなかなか触れず、だからこそ切なく美しい文章。不倫の末の心中未遂事件など、物語そのものには決して共感できないのに心が揺さぶられるのは、手紙を交わす二人が、過去にとらわれつつも、その過去を憎みきれず、むしろその過去に背を押されるように生きているように見えるからだろうか。
なぜそれほど大切なのか自分でも分からない過去の情景。誰もがそんな記憶を心の内に持っていて、意識してもしなくても、その不思議な輝きこそが今を支えている。
読んだ本の記録。