古川日出男版「千夜一夜物語」。2段組約700ページ。文庫版は3巻で1000ページを超す大部ながら、夢中になって読み進めた。日本推理作家協会賞と日本SF大賞受賞と聞くとまるでジャンルが分からない作品だが、ファンタジー小説と呼ぶのが適当だろう。
ナポレオン軍の侵攻が迫るカイロで、奴隷出身の執事アイユーブは、類い希な技能を持つ語り部とともに、読んだものを骨抜きにする「災厄の書」の作成を始める。誰もが魅了される物語と前置きして作中作を挿入することは、作家としては非常に大きな挑戦だが、著者の奔放な想像力は圧倒的な熱量の冒険譚を生み出した。
砂漠の商都を舞台にした権力争い、魔神と人との駆け引き、孤児の成長……どこか既視感のある筋書きは、普遍的な物語でもあるということ。語り部の語る壮大な年代記は、貴種流離譚から悪漢小説、ビルドゥングスロマンまで、さまざまな物語の魅力を備えて、聞き手を別世界へといざなう。
本文に訳注を挿入することによって翻訳書の体を装おい、ゲームや既存のファンタジー小説のパロディと思しき要素が多いのも意図的だろう。語ることと、それを複製し、伝えるものとしての書物に対する思いが全編を貫いている。