梅崎春生には「桜島」など戦争を題材とした作品群と庶民の生活を描いたものがあり、こちらは後者を集めたもの。
ひょんなことから始まったボロ家での同居生活を描いた表題作がめっぽう面白い。だまされてボロ家を間借りすることになった主人公のもとに、同じくだまされてボロ家を買わされた男が現れる。お互いに牽制し合う奇妙な同居生活がユーモラスな文体で綴られる。
他に「蜆」「庭の眺め」「黄色い日日」「Sの背中」「記憶」「凡人凡語」。いずれも戦後間もない頃の貧しさを背景に、いきいきとした庶民の描写の中に、人間の本質に対する透徹した視線がある。戦後の日本文学の多くが内省的、感傷的になっていったのに対し、他者とのコミカルな交流で人間を描こうとした著者の姿勢は、今となってはなかなかラディカルなものに感じられる。