「悪童日記」(原題“Le grand cahier”=大きなノート)の続編。巻が進むに連れ、文体とともに物語の見え方も大きく変わる。
第二次世界大戦下のハンガリーと思しき国で、魔女と呼ばれるひねくれた性格の祖母に育てられた双子。「悪童日記」の最後で、一人は国境を越え、一人は町に残り、双子は初めて離れ離れになった。
第二作の「ふたりの証拠」では、町に残ったリュカの戦後の日々が綴られる。双子は別れることで初めて作中で固有の名前が与えられた。ある種の痛快さもあった前作と変わり、社会主義政権(ハンガリーは戦後、共産圏に組み込まれた)の抑圧的な空気が全編に漂う。登場人物は誰もが病んでいて、リュカも二人でいた頃のような強さは失ってしまっている。国境の向こうへと旅だったクラウスの帰りを待ちながら、他者の愛し方が分からないかのように場当たり的な生き方をし、やがて悲劇を引き起こしてしまう。
しかし、物語はそのまま終わらない。終盤、それまで語られてきたことが全て「嘘」であったことが暗示され、リュカとクラウスの関係も不確かになる。
続く「第三の嘘」は二部構成となり、リュカとクラウス、二人の「私」の視点から物語が語られる。
そこに“悪童”のようなタフな双子はいない。新たに物語の中心に浮かび上がるのは、家族から離れることになった子と、家族から離れることができなかった子の、それぞれの苦しみに満ちた半生だ。前二作が書かれた背景に迫りつつ、「第三の嘘」というタイトルは、何が真実かを覆い隠して物語を終える。
「悪童日記」があまりにも完成された作品だったので、なかなか続編を読む気になれなかったが、単純な後日譚ではなく、読み進めるにつれて謎が謎を呼ぶミステリーのように引き込まれていった。後二作は蛇足と感じる人もいるだろうが、そこに共通して描かれているのは、社会や環境が、家族や兄弟、友人、恋人など個の繫がりを破壊した時に人はどうなるのかということで、この二作も含めて、若き日にハンガリーから亡命した著者にとっては内面の実体験を綴った一続きの物語といえるのだろう。