著者の小説は変わっていて、物語的な起伏がほとんどないだけでなく、登場人物の散漫な会話や日常生活がだらだらと綴られるものが多いのだけど、平易な文体と相まってそれが心地良く、いつまでも読んでいたいという気にさせられる。登場人物のとりとめもない思索は、不思議と読み手の思考も刺激する。
表題作は芥川賞受賞作。語り手の「ぼく」は、大学のサークルで先輩だった女性のもとを10年以上ぶりに訪ねていく。結婚し、すっかり主婦生活が板に付いた彼女と庭の草むしりなどをして過ごす。
久しぶりに誰かと会うと、その人の中に変わってしまった部分と変わらない部分を見つけて何とも言えない気分になることがあるけど、そんな空気が淡々と綴られる。
起伏がないといっても、登場人物の背後にはそれぞれの過去に流れた時間と、これから流れるであろう時間が感じられる。それは下手な物語よりも奥行きがある。