SF界の新星として話題になっている著者の短編集。
表題作は、可能世界を自由に行き来することができるようになった人々が暮らす世界が舞台。並行世界や可能世界というと重厚なイメージが強いが、無数の「こうだったかもしれない世界」を飛び回る少女たちの青春を生き生きと描いている。
書き下ろしの「ひかりより速く、ゆるやかに」は、時間の流れが突如2600万分の1になる「低速化」と呼ばれる現象に巻き込まれた新幹線を巡る人間ドラマ。「美亜羽へ贈る拳銃」は伊藤計劃へのオマージュ。「シンギュラリティ・ソヴィエト」はAI技術がシンギュラリティを迎えたソヴィエトを描く。他に「ゼロ年代の臨界点」「ホーリーアイアンメイデン」。リーダビリティの高さと恋愛ドラマの要素があることを除けば趣向はさまざま。
「2010年代、世界で最もSFを愛した作家」という言葉が帯に書かれているが、とにかくSFが好きで常日頃から空想を膨らませ、書くことを楽しんでいることが伝わってくる。SFの蓄積の上に立ちながら、中高生でも読みやすい軽やかな作品に仕上げている。