正社員が減り、非正規労働者が増えたと言われる。だが、実際の統計では正社員の数は減っていない。総務省の労働力調査によれば、正規従業員の数は1984年に3333万人、2018年には3476万人。一方で非正規労働者は1984年の604万から、2018年に2120万と急増している。著者の指摘によれば、この30年あまりで実際に減ったのは正社員ではなく自営業や家族経営の零細企業で、雇用形態の変化というより、もっと大きな社会の変化が進んでいる。
日本社会がどのような歴史的経緯で今のような形になったのかを、終身雇用、年功賃金、新卒一括採用、定期人事異動、大部屋職場など、主に雇用形態の成立過程から説き明かす。働き方の仕組みは、社会保障や教育、個人のアイデンティティも規定しており、まさに日本社会のしくみといえる。高校生、大学一回生くらいの教科書にしたい一冊。
オーラル・ヒストリーである「生きて帰ってきた男」とあわせて読むと、戦後日本社会の実相がよく分かる。
著者は、日本型雇用を「企業のメンバーシップ型」、欧米型を「職種のメンバーシップ型」と定義する。欧米は職種毎に採用され、配置転換は特別な事情がなければ行われず、企業を移りながら同じ職種でキャリアを築いていく。一方、日本ではどんな仕事にも対応できるという可能性で採用され、定期人事異動などで複数の職種を経験し、勤続年数で賃金が決まる。採用時は資格や実務能力より、潜在能力を端的に示す指標としての学歴が重視される。個々の労働者の意識も、日本では企業に、欧米では職種に帰属することが多い。
なぜこうした雇用形態が形成されたのか、著者はさまざまな統計をもとに明らかにする。要約は難しいが、急速な近代化の中で官庁を民間企業が真似た(新卒一括採用や学歴重視、大部屋職場など)ことや、戦後の労働組合の形成過程に一つの要因がある。
欧米では中世のギルド以来の伝統で職種別組合が発達し、同一労働同一賃金という企業横断的な「職務の平等」が重視された。一方、日本では企業別の組合が形成され、一つの組合の中に全ての部署の人間が入ったことで「社員の平等」が志向された。社員の平等は企業を閉鎖的にし、人事の不透明さももたらした。高度経済成長期にはそれが企業の成長を支えたが、労働者に求められる知識、技術が高度化する中で、今は日本企業の生産性を押し下げている。
「働き方改革」という言葉が空虚に響くのはなぜかということが本書を読むとよく分かる。政府、企業、労働者(組合)の共犯関係から生まれた雇用形態、労働環境は、小手先だけの取り組みではなかなか変わらない。