桐野夏生「ナニカアル」
「放浪記」で人気作家となり、戦時中は従軍作家として戦意高揚に協力した林芙美子をモデルとした小説。評伝的なものを期待したら、むしろシンプルな恋愛小説、そして恋愛小説としてはちょっと退屈。戦時下の抑圧的な空気や、新聞社や作家が軍部に取り込まれていく様が丁寧に描かれていて興味深いが、林自身の作家としての苦悩や、人物の掘り下げはあまり無い。林はストレートに“女”として描かれていて、この辺りは井上ひさしによる評伝劇と対照的。終盤、恋人から作家としての仕事を否定されたあたりで一気に面白くなる。