玄月「蔭の棲みか」
朝鮮人集落を舞台とした表題作は正攻法の純文学。主人公のソバンの、70年余りの人生を生きた上での軽さや頼りなさ、意固地さが印象的な一方、他の登場人物の描写は少し曖昧で不自然に感じる。
併録の「おっぱい」の方が、いい加減だけど著者のユーモアが強調されていて読んで面白い。特にラストの雑さに味がある。
読んだ本の記録。
佐伯真一「戦場の精神史 武士道という幻影」
多くの軍記物に記されつつも、あまり注目されない騙し討ちの場面。戦場で生まれた「武士道」は本来、虚偽・謀略を働いてでも、勝つこと、功名を立てることが第一であった。
合戦が遠い存在となった近世の太平の世で、当時は異端とも言える「葉隠」が生まれ、明治には新渡戸稲造の「武士道」が広く読まれるようになる。
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菊池俊彦「オホーツクの古代史」
オホーツクの歴史と言われ、何か具体的なイメージが湧く人が、日本にどれだけいるだろうか。
古代中国の文献に登場し、サハリンかカムチャッカにあったとみられる流鬼国と夜叉国。著者は僅かに残された文献上の記録と発掘調査の結果から、サハリン=流鬼、コリャーク=夜叉と推定する。
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長谷川亮一「地図から消えた島々 幻の日本領と南洋探検家たち」
明治末期に発見され、領有宣言までされた中ノ鳥島。1972年まで海図に残り続けたロス・ジャルディン諸島。アホウドリの捕獲や鉱物資源のために南進した商人たちと帝国主義が生み出した幻の島々。
実在しなかった島々を軸に、小笠原や大東諸島などがどのように日本領に編入されてきたのかも触れつつ、日本の大航海時代を描く一冊。
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中野純「庶民に愛された地獄信仰の謎 小野小町は奪衣婆になったのか」
三途の川にいるという奪衣婆。ほとんど忘れられたような存在だけど、よく見ると閻魔像とセットであちこちに残っている。
各地の寺や道端に残る十王堂など、“地獄”を巡る旅。
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内田樹「街場の文体論」
久しぶりに著者の本を手にとった。コミュニケーション論の総括的な内容で、バルトやソシュールに触れつつ、後半はこれまで繰り返し語ってきた内容に着地。メタ・メッセージの重要性。
ほかにも、丸山真男が海外でも度々参照されるのに吉本隆明がほとんど翻訳されない理由や、司馬遼太郎の内向きさなど、結構示唆に富んでて面白い。
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辺見じゅん「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」
敗戦後、約60万の日本人がソ連各地に抑留され、再び故国の地を踏めなかった者も多い。
収容所で過酷な労働を強いられながら、俳句を詠むことで生きる希望と故郷への思いを忘れなかった人たちがいた。その「アムール句会」の中心となった男の遺書は、仲間たちが記憶して持ち帰り、敗戦から12年目に家族のもとへ届けられた。
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大崎善生「聖の青春」
「勝星は自分の生きかたを正当化する手段というだけではなく、自分と関わり苦しんできたすべての人間を正当化してくれる」
そう信じて、ひたすら名人位を目指した。
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