赤い砂を蹴る

石原燃「赤い砂を蹴る」

著者について、太宰治の孫、という紹介はあまり意味が無いが、母である津島佑子の存在は、創作に陰に陽に大きな影響を与えたのだろう。

劇作家として社会性のあるテーマを扱ってきた著者が、初めての小説で向き合ったのは個人的な体験。家族の複雑さ。画家の母を亡くした女性が、母の友人とブラジルの日系農場を訪ねる。幼い頃の異父弟の死など、著者と母の経験をもとにした私小説。

全編に漂っているのが、著者自身の戸惑い。母や家族、死といった主題を正面から扱うことへのためらいと、書きたいという相反する感情が行間に滲む。それが結果的に、芥川賞の選評にあるように、物語の展開や思索の踏み込みを浅いものにもしているが、個人的にはその戸惑いに、切実さと誠実さも感じた。作家としての決意表明のような作品でもあり、いつかもう一度同じテーマに向き合うことになるのでは。

第163回(2020年上半期)芥川賞候補作。

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