ミステリーにおいて、第一に重要なのはトリックであるという「本格」と呼ばれるに相応しい作品。
一見入れ替えることが不可能な二つのトランク。東京から九州へ、九州から東京へ行き来するトランクと、その中に詰められた死体を巡る謎。
実際の時刻表を使った大がかりで緻密なアリバイ作り。思考の盲点を突いたトリック。論理に論理を積み重ねるような地道な推理。読み手のこちらも、丁寧に頭の中で整理しながら読まないと理解が追いつかない。
ミステリーとしての本筋そのものには関係がないが、個人的に興味深く読んだのが、作中に色濃く滲む当時の時代背景(作品の舞台は1949年。小説の発表は56年)。トリックにも関わってくる交通事情や社会状況の描写に加え、戦前を懐かしむ軍国主義者と戦後民主主義の信奉者の対立が物語の鍵を握り、その後に流行した社会派ミステリーの萌芽も見られる。