ジュライホテル バンコクの伝説の安宿

及川タケシ「ジュライホテル バンコクの伝説の安宿」

バンコクの安宿街といったらカオサン通りが有名(今はもう違うかも)だが、90年代半ばまではカオサンに滞在するのは欧米人が中心で、日本人旅行者の溜まり場はチャイナタウンだった。自分は直接その時代を知るわけではないが、楽宮旅社や台北旅社、ジュライホテルの名前は、アジアを旅したことがあるバックパッカーなら聞いたことがある人も多いのではないかと思う。

廃墟のような古いホテルに、吸い寄せられるように日本人旅行者が集まった。最上階には世捨て人のように何年にもわたって住み着いている人々。部屋からガンジャの匂いが漏れ漂い、廊下を売春婦らしき女性が歩き回る――。

伊東四朗と呼ばれたタイ人スタッフや、ドラッグの売人、売春婦、さまざまな日本人旅行者の話が著者の回想として綴られる。中でも印象的なのが、「ポンちゃん」と呼ばれた売人の話。彼女自身もドラッグ依存症で、日本人旅行者を相手に身体を売り、クスリを売り、恐れられ、嫌悪され、一方で多くの人に愛され、親しまれ、95年のジュライホテルの閉鎖からそれほど時をおかずに二十代で亡くなった。

彼女のことは「ジュライホテルのポーム」という本も出ているし、ネットで検索すると思い出話が次から次へとヒットするから、よほど有名人だったのだろう。

名も無き旅行者と、彼らが出会った人々の記憶は、わずかに思い出話として小さなサークルで共有されては消えていく。どこまでがノンフィクションなのか分からない小説のような文章だが、かつてこうした時代があり、こんな旅行者たちがいたことを鮮やかに伝える貴重な記録。

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