フィリピンパブ嬢の社会学

中島弘象「フィリピンパブ嬢の社会学」

新書で、このタイトル。新書に多い「タイトルだけ秀逸」という“出落ち”を警戒して読み始めたが、非常に面白いルポルタージュだった。

真面目な大学院生だった著者は、在日フィリピン人女性を研究テーマとし、論文の題材としてフィリピンパブのことを調べるうちに、ホステスの「ミカ」と恋に落ちてしまう。そのミカとの交際や、家族との出会いを通じて、外国への出稼ぎに頼らざるをえないフィリピン社会と、日本に来るフィリピン人女性たちの置かれた状況が浮き彫りになる。

以前は、来日するフィリピン人女性の多くが興行ビザを取得していたという。そのためには政府の認定を受けることが必要で、彼女らはフィリピンで歌やダンスを習って日本への出稼ぎを目指した。しかし2005年に興行ビザが規制されると、現実的な来日手段が配偶者ビザに限られてしまい、そこに日本のヤクザが絡むようになった。

ビザを得るため、日本人男性と偽装結婚させて契約で縛り、奴隷状態で日本に連れてくる。ミカをはじめ、本書で取り上げられているケースでは、契約期間は概ね3年。その間、自由はほぼ無く、私生活はマネージャーに管理され、月給は6万円。30、40万円と言われるホステスの給料の大半を偽装結婚を斡旋した暴力団関係者がピンはねしてしまう。

売上が一定額に達しなければペナルティーが課せられ、逆に借金が嵩んでしまう。一方で、売上がよく、円満に契約期間を終え、日本で結婚相手を見つけてそのまま滞在できるようになるホステスもおり、ミカの姉はそうしたケースだった。ミカはその姉の誘いで偽装結婚を選び、来日した。契約期間を終えると、強制的に偽装結婚は解消(離婚)させられ、夫役の男性は次の偽装結婚をして新たなホステスを日本に連れてくる。

驚かされるのは、フィリピンへの帰省の場面。久しぶりに帰ってきたミカと姉に対し、両親だけでなく、遠い親族までが集ってきて、これでもかというくらいに金を無心する。姉妹で用意してきた何十万円という金は一瞬で無くなってしまう。一方で、彼らは、無職でヒモ状態の著者を娘の恋人として素直に受け入れる。そこに見えるのは、金への執着というよりも、金があるところからはいくら取っても構わないだろうという恐るべき無邪気さだ。

ミカ本人は堅実で、デートの場面でも、収入の無い恋人に金を要求するようなことはない。それが家族には湯水の如く金を渡してしまう。家族を支えるのは当然(その“家族”には、無職の恋人も含まれるのだろう)というミカと、娘から幾ら金をもらっても悪びれない家族たち。あまりの価値観の違いに戸惑いながらも、著者はミカと一緒になる道を選ぶ。

あとがきを読むと分かるが、本書は「カラシニコフ」などで知られる松本仁一のプロデュース。ピースボートの船上で著者と知り合って、この本が生まれたという。文章から構成に至るまで細かくアドバイスしているようで、どうりで面白いわけだ。

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