表題作は泉鏡花文学賞と野間文芸新人賞を受賞した著者の初期の代表作の一つ。
ばらばらになった家族を立て直すことを夢見て、立派な一戸建てを新築した父。しかし、成人して自分たちの生活を確立している娘たちも、ずっと以前に家を出た妻も、寄りつく気配はない。父はその空虚を埋めるかのようにホームレス一家をその新居に住まわせる。
無言で娘たちにプレッシャーをかける父の湿っぽい執着や、我が物顔で空間を支配するホームレス一家の描写など、全編を通じて非常に不気味な雰囲気が漂う。一方で正面からのコミュニケーションを避けようとする家族の姿に切実なリアリティがあり、変な人たちの話と突き放せない重さがある。
併録の「もやし」は不倫した女の話。不倫相手の妻の奇妙な行動がかなり怖い。どちらも誰かと生きるということの難しさ、奇妙さを描きつつ、同時にそれを求めてしまうことの苦しさが根底に横たわっている。
描かれていない“行間”の豊かさが、劇作と演出から創作活動をスタートさせた作家らしい。読み終え、言葉にするのが難しいもやもやとした怖さや不安が後に残る。