1年半ほど前、バリン会談を再現したマーク・テのパフォーマンスを見て、マレーシア、ひいては東南アジアの現代史を全然知らない自分に気づき愕然とした。その後、手頃な概説書を探したが、戦後史に関して新書や文庫で気軽に読める本がほとんどないことを知り、重ねて驚いた。言うまでも無く、東南アジアは日本との結びつきも強く、在留邦人や旅行者の数も多い。比較的身近な地域であるにも拘わらず、経済的な面を除いてはあまり関心を寄せられてこなかった。
語られることが少ない大きな理由は、文化的、歴史的な複雑さに加えて、植民地として支配される側の歴史であったからかもしれない。東南アジアでは、植民地化される以前は、現在の国家と重なる形での国家は存在しなかったし、独立してからも外部の大国の動きに左右されることが多かった。
本書は2017年刊。著者は「多様性の中の統一」というキーワードで、東南アジアの歴史を紐解く。近代以前の土着国家の時代から書き起こしているが、各国の個別の現代史についてはあまり踏み込んでおらず、やはり経済開発史が中心。特にASEANについての考察が大半を占めており、読みやすくまとまっているものの、近現代史と銘打つにはやや物足りない。
本書では全く触れられていないが、「バリン」はマレーシアの地名で、マラヤ連邦(現マレーシア)が英国から独立する直前の1955年、後の初代首相アブドゥル・ラーマンら政府側と、ゲリラ闘争を続けていたマラヤ共産党書記長、陳平がその地で会談した。政府側は、党の解散を前提に恩赦を約束するが、陳平は共産党の政治参加を求め譲らず、議論は平行線のまま終わった。その後、陳平は政治の表舞台から姿を消し、政府の宣伝もあって“国民の敵”の象徴になった。冒頭で触れたマーク・テの「Baling」は、その会談の採録を軸に構成され、マレーシア政府の方向を決定づけた歴史上の節目を再現すると同時に、国家と国民、民主主義と想像力のあり方を現代に鋭く問いかけてくるパフォーマンスだった。
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