谷崎潤一郎「陰翳礼讃」
重々しい題から高尚な芸術論かと思われがちだが、基本的には偏屈文士の愚痴エッセイ。
西洋的なもの対する捉え方が結構偏見に満ちていて面白い。西洋人が清潔すぎると言って、「あの白い汚れ目のない歯列を見ると、何んとなく西洋便所のタイル張りの床を想い出すのである」。
一方で、陰影の中に美を見出して来たという日本古来の美意識についての指摘ははっとさせられる。螺鈿細工や蒔絵、今、明るい蛍光灯の下で見ると悪趣味に感じる色打掛や金屏風も、闇の中では全く別の存在感を持っていたのだろう。
谷崎は書いていないが、人工的な色彩の少なかった時代、鳥居の赤や寺院の内部に書かれた色鮮やかな仏教画がどれだけ鮮やかに見えたのか。美とはそれ単体で存在するのではなく、環境との間に生じる。もっとも、暗闇の中で生きざるを得なかった時代に育まれた美意識は東洋や日本に限ったものではないとも思う。