インドや東南アジアは多くの紀行本が出版されているし、バックパッカーの体験談を綴ったブログの類も沢山ある。欧米やアフリカも書籍では身近な地域だ。一方で太平洋の島々を扱った読み物は非常に少なく、バックパッカー目線の紀行本は皆無に近い。太平洋は貧乏旅行者にとっては広大な空白地帯であり、ほとんど語られることがなかった。
本書は「天下太平洋物語」として1997年に旅行人から刊行されたもの。著者は仕事を辞めて初めての海外旅行先に南の島を選ぶ。トンガやサモアから、かつて日本の植民地だったチューク(トラック)島、パプアニューギニアまで、普通の旅行者がまず選ばない土地で、行き当たりばったりの旅が続く。
南の島には何も無い。だからこそ、ただの観光旅行では何も書けないし、旅行記が少ないのもそれが理由だろう。著者は貧乏旅行者として島の地域社会に入り込み、そこに暮らす人々の姿を描く。一緒に飲んだくれ、脳天気な日々を送りつつ、島の歴史や社会の変化に関する鋭い考察が時々顔をのぞかせる。
著者はこの本の後、旅行作家としての第2作を書くことはなく、ひたすら南の島に通い続け、やがて専門家として現地大使館や政府機関などで働くようになった。
ユーモアに富んだ筆とユニークな体験。絶版になっているのが惜しい、知られざる名著。