宮本常一の足跡を訪ねる旅。ただの紀行文ではなく、宮本民俗学を補い、現代につなぐ優れた仕事。
宮本は民俗学者であると同時に稀代の旅人でもあり、優れた農業・地域振興指導者の顔も持っていた。宮本が何を記録し、同時にそれぞれの土地に何を残していったのか。著者は宮本の膨大な資料を読み込んだ上で各地を回り、宮本が見たもの、見残したものを探っていく。
宮本の最も大きな業績は、非農業民、無文字社会の豊かさに光を当てたことだろう。日本列島に存在したのは決して農耕中心の静的な社会ではなく、離島や「陸の孤島」と呼ばれるような土地もそれぞれに豊かな交流を持っていた。宮本の旅から数十年後、著者の旅が改めて日本社会の多様性を浮かび上がらせる。
宮本は写真の撮影や民具の収集にあたって「選ぶ」という作為を徹底的に排除した。民俗学を懐古趣味的に楽しむ人もいるが、宮本は常に「現在」の人の営みとその多様さを残そうとしていたことが著者の旅を通じて分かる。
柳田民俗学が「ひとつの日本」を築こうとして始まったのに対し、宮本は赤坂憲雄らが受け継ぐ「いくつもの日本」へのまなざしを持っていた。「古き良き日本」などという幻想で消費してはならない。