いしいしんじ「麦ふみクーツェ」
音楽家を目指す少年の物語。ファンタジーのような雰囲気だけど、内容はストレートなビルドゥングスロマン。
この世に生きる誰もがへんてこで、へんてこは自らのわざを磨いて生きていくしかない。少年が自らの“へん”を受け入れる瞬間が鮮やかに描かれていている。これを中学生くらいで読めていたら、どう感じただろう。
とん、たたん、とん。
全編をつらぬく麦ふみの音。
麦は踏まれて強くなる。潰れた苗も畑の肥料になる。そこにはいい麦も悪い麦もない。
それは決して残酷なだけの世界ではない。
常に死と悲劇の雰囲気が漂いつつも、これほどあたたかい小説もない。