小説には作家のさまざまなコンプレックスが書かれ、あるいは滲み出ている。人に理解されない劣等感を抱えるということは、非常に孤独なことだ。だからこそ、その複雑な感情を作品の中に見つけられることは読書の大きな効用の一つでもある。
表題作は「小説 阿佐田哲也」にも登場した男の話。博奕仲間で、会社での出世競争に敗れた男の半生を通じて、著者らしい社会観が綴られている。
「遠景」「復活」などの短編は、父との関係が主題。大家族の長兄として一家を支え、早くに海軍を退役して恩給生活をしていた父への愛憎は、この短編集に限らず著者の多くの作品に影を落としている。
収録作の中では小品で、小説としての完成度も高いとは思わないが、印象に残ったのが最後の「走る少年」。劣等感の塊で、良いことがあれば逆に不安で仕方がないという少年のバランス感覚は、著者のばくち打ちとしての原点であり、同時にこれほど原理主義的なバランス感覚を持っていたら、生きていくのは苦しいだろうと思う。
思えば、自分も10代の頃は悩みや嫌な事がない時期が訪れると、かえって強烈な不安に襲われた。それで結果的に四六時中苦しんでいたが、次第に平穏を平穏として受け入れられるようになってきた。それが大人になるということだろうか。