枕草子/方丈記/徒然草 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07
枕草子/方丈記/徒然草

「山が崩れて、川を埋めた。平らなはずの海が、斜めに突き刺さるように、陸を襲った。(中略)震災の直後、人びとは、少し変わったように見えた。目が覚めた。まったくどうしようもない社会だったんだ、といい合ったりしていた。おれたちは、欲に目がくらんでいたんじゃないか、とも。そう、人も社会も、震災をきっかけにして変わるような気がしていた。だが、何も変わらなかった。時がたつと、人びとは、自分がしゃべっていたことをすっかり忘れてしまったのだ」

この「震災」は、今から800年以上前に起きた元暦の地震(文治地震)のこと。

池澤夏樹編の日本文学全集。7巻は三大随筆の現代語訳。酒井順子訳「枕草子」、高橋源一郎訳「方丈記」、内田樹訳「徒然草」。優れた訳文によって、三者三様の雰囲気がよく出ており、清少納言、鴨長明、吉田兼好というのはこういう人だったんだなあということがよく分かる。

個人的に最も心を揺さぶられたのが、最も短い「方丈記」。最古の災害文学と言われる「方丈記」を、高橋源一郎は「モバイル・ハウス・ダイアリーズ」とルビを振って現代語訳した。

「川が流れている。そこでは、いつも変らず、水が流れているように見える。けれども、同じ水が流れているわけではないのだ。(中略)なにもかも変わってゆく。人間だって同じだ」

大火、竜巻、飢饉、そして大地震。乱世に生き、天変地異を目の当たりにした鴨長明は、極めて短い文章の中に、世の無常と、自身も含めた人間の小ささを綴った。冒頭の震災について触れた段のように、そこに書かれていることは決して現代とは無縁の過去の出来事ではない。

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酒井順子訳の枕草子は、笑ってしまうくらい文体がぴったり。ですます調の丁寧な文章に、感性の鋭さとともに、ほのかに自分に酔っている気位の高さが滲む。最近の言葉でいえば、意識高い系の人のSNSの香り。その中に炎上しそうなものが多々紛れ込んでいるのもなんとも言えない味わい。

「似合わないもの。下衆の家に、雪が降るの。月の光が差し込むのも、もったいない」
「とりかえしがつかないもの。不細工な顔の養子」
「いたたまれないもの。不細工な赤ん坊を、自分が愛しいと思うがままに大切にし、可愛がって、その子の声を真似て、話したことなどを他人に伝える親」

日記的な段でも、謙遜しつつも「たいしたことない歌が高貴な人にほめられちゃった」的な自慢がふんだんに散りばめられているのがまた。

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「徒然草」は、偏屈親父のちょっと上から目線の人生訓。「己を知れ」「素直に生きろ」「知ったかぶりをするな」的なことが繰り返し書かれている。これも内田樹訳がはまっている。

「(愚者は)嘘にでも賢者を真似ることができない。狂人の真似とて大路を走らば、すなわち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。(中略)たとえ嘘でも賢者の真似をするものを賢者と呼ぶ」

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昔から人間というのは何も変わらない。文化・習俗は変化しても、基本的には似たようなことでいらいらし、どきどきし、笑い、涙を流しながら生きてきたのだということがよく分かる。それは、個人的には大きな救いのように感じられる。

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