古事記 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01
古事記

池澤夏樹編の日本文学全集。第1巻では編者自ら古事記の新訳に取り組んだ。

古事記に関しては、石川淳の「新釈古事記」が素晴らしく、流麗で格調高い文章と読みやすさを両立していて何度読んでもため息が出てしまう。ただ、かなり言葉や要素を補っているため、現代語訳というよりは石川淳の作品と呼んだ方が相応しい。

池澤夏樹は本文を加筆することは極力避け、ページ下部に膨大な注釈を付けた。このことによって、神や人の名前の列記と、物語に挿入された数々の歌が大半を占める原典の構成がよく分かるようになった。特に名前の列記について池澤訳はこだわりを見せ、改行などで非常に見やすく並べている。

たとえば、冒頭の国産みの場面について、石川淳は大胆に加筆して次のように書く。

 “神神のつどうところは天である。この天がくせものである。天は命ずることを好む。そもそものはじめから、はるか後の世までも、日本の天はむやみに命じたがる。神神はすなわち若いイザナギ、イザナミに命じていうことに、
「かのどろどろにただよう国におもむき、これをととのえ、これをかためよ。」
 イザナギ、イザナミは天ノ沼矛をさずかって天ノ浮橋に立った。ここは天からの通いみちである。その浮橋の上から矛をさしおろしてかきまわせば、海の塩たらりたらりと音に鳴る。やがて矛をひきあげれば、ときに矛のさきからしたたる塩、つもって島とはなった。”

一方、池澤訳ではシンプルに次のように訳される。

 “さて、ここで天の神たちは、
「まだ漂ったままの国を固めて国土としなさい」といって、伊邪那岐と伊邪那美に天の沼矛を授けてその仕事を命じた。
 二人が天と地の間に架かった天の浮橋に立って、天の沼矛を下ろして「こおろこおろ」と賑やかに掻き回して引き上げると、矛の先から滴った塩水が自ずから凝り固まって島になった。”

個人的には、石川淳訳の方が読み物としては面白いが、古事記を全体として理解するための“現代語訳”という点では、この新訳が現時点での決定版だろう。

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