表題作は、ぬいぐるみサークルの男女を中心とした物語。主人公は人を傷付けることを病的なまでに忌避し、他者の事情に踏み込むことに対して極めて臆病。恋バナに乗れず、男同士の露骨な会話に生理的な嫌悪感を抱く。自分が男であるというだけで、加害者の立場にいると気にしている。
こういう感性の人は昔からいただろうが、その消極的な“優しさ”は非常に現代的だと感じる。令和文学史、あるいは2020年代文学史が語られる時に、その初めに登場する作品になるかもしれない。
この主人公が示す、がさつな社会に対する嫌悪に非常に共感する自分もいる。一方で、人を傷つけたくない。自分も傷つきたくない。そのことが最優先される優しい世界は、どこか閉塞感が漂う。
ちょっとした会話でも、相手を傷つけるかもしれない。完全に対等な関係が存在しないなら、あらゆるコミュニケーションに加害の可能性がある。その上で、人はどうつながっていけばいいのか。
ひと言でまとめてしまえば、ジェンダーやアイデンティティをめぐる物語だが、新しい時代の恋愛小説と言っても良いかもしれない。コミュニケーションの前提を疑わない恋愛ドラマは全て過去のものになりつつある。