山川静夫「大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし」
劇場の三階席後方から声をかける「大向こう」。静岡から上京した著者は大学時代に歌舞伎にはまり、自らも大向こうになる。タイミング良く声をかけるには話の筋を覚えているだけでなく、義太夫や長唄の知識も不可欠。それは趣味というより一つの芸、生き様に近い。
当時は大向こうの人たちと役者の交流が親密だったことにまず驚かされる。特に十七代目勘三郎とのエピソードが印象的。
大向こうの歴史にも触れていて、かつては屋号だけでなく、さまざまな声が上がっていたということも面白い。歌舞伎の、記録に残らない側面(芸能史というのはそもそも文章に残りにくいものだけど)に光を当てた貴重な一冊。