オーストラリアの先住民アボリジナルは、広大な大地の上にソングラインと呼ばれる独自の道を持つという。木や岩、泉、大地の上に存在する無数のもの。それらを歌を通じて記憶し、伝え、旅をする。それは道というよりも地図であり、世界そのものの点描と言えるかもしれない。
夭逝した英国の作家、ブルース・チャトウィンは、自身も旅を繰り返し、人はなぜ旅するのかということを問い続けた。代表作の一つ「ソングライン」は紀行文のスタイルを取りながら、そこに創作や、思索のメモが膨大に折り込まれ、旅を巡る終わりなき考察に読者を誘う。
有史以前、人類はその誕生から移動を続けてきた。人類の歴史は旅とともにあり、静的な社会だったとされる江戸期以前の日本列島でも、人々は移動を重ねていたことが宮本常一の著作などで明らかにされている。
アボリジナルの文化を訪ねる紀行文は、途中からその趣を大きく変える。若い頃からチャトウィンが繰り返してきた旅行のメモをはじめ、聖書から民話、ブッダからヘロドトスに至るまでの古今東西の思想の引用、神話や進化論に関する考察など、断片的な文章が次々と挿入される。
「人間のすべての苦難は、ただひとつの原因、すなわち一室にじっとしていられないことから生じる」(パスカル「パンセ」)
「人生は橋である。それは渡るものであって、家を建てるべきところではない」(インドの諺)
人はなぜ旅をするのか。そこに答えはない。小説というよりも、チャトウィンが歌う人間についてのソングラインなのかもしれない。断片的な文章が、点描のように人の本質を浮き上がらせる。
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