骨董屋の二階に居候することになった「僕」の目を通して、店長、常連客、大家とその孫姉妹といった人々との日常が綴られる。
著者の他の作品と同様、物語に大きな起伏はない。それどころか、「僕」を含めた登場人物の背景さえほとんど説明されず、日々のやりとりだけが描かれる。「僕」の来歴や、なぜ骨董屋に居候することになったのかなどは最後まで分からない。ただ、淡々とそれぞれの人生を生きていくことを肯定するような柔らかな空気がある。
一読して拙く感じられる文章だが、鉤括弧の使い方などに表現の冒険が感じられる。あえて対話を鉤括弧だけで書ききらず、台詞か思考か分からない一文を挟むことで自然な流れを生んでいる。
第1回大江健三郎賞の受賞作。大江賞は第8回の終了まで毎回意外な作品が選ばれたが、技巧的に優れた小説よりも、どこか抜けていながらも、それぞれの作家が自分なりの目で世界を捉えようとしていることが分かる作品が多く、小説の豊かさを感じられるラインナップとなっている。