天の歌 ―小説 都はるみ

中上健次「天の歌 ―小説 都はるみ」

中上健次が都はるみの半生を描いた異色作。といっても評伝とは少し違い、中上の小説世界の中に都はるみが現れたという感じ。中上の過剰な文体は生身の存在の前でやや戸惑っている印象を受けるが、引退公演の場面などは他の作家には書けない迫力がある。

中上が新宮の路地ではなく、西陣の小路を描いているというだけで新鮮。忘れられたような作品だけど、結構面白い。

巨流アマゾンを遡れ

高野秀行「巨流アマゾンを遡れ」

アマゾンを河口ベレンから源流のミスミ山まで遡る。といっても密林をかきわけて進むような冒険ではない。アマゾン本流はあくまで人々の生活の場。町から町へ、人から人へと繋がっていく旅。著者が大学生の頃にまとめた旅行記で、少し肩に力が入った感じの文章も面白い。

自分も大学の頃に南米を一ヶ月半ほど旅したけど、アンデス地域のみだった。こんな旅もしてみたかった。

春のめざめは紫の巻 新・私本源氏

田辺聖子「春のめざめは紫の巻 新・私本源氏」

須磨から帰ってきた光の君。といっても「私本・源氏物語」の単純な続編ではなく、玉鬘や女三宮ら女性側の視点で描かれ、設定が変わっている部分もある。未だ絶大な人気を誇りながら、若い姫からは「色男の化石」「オジン」と呼ばれてしまう光の君が哀愁漂って何とも面白い。男性視点だった前作よりも登場人物が皆いきいきしていて魅力的。

私本・源氏物語

田辺聖子「私本・源氏物語」

もし源氏物語が現代の娯楽小説や漫画として書かれていたら、あるいは近世以降の草双紙で書かれていたら、こんなノリかもしれない。光の君を従者の目から描き、雅という視点に囚われず、好色という要素をうまく抽出して思わず笑ってしまう面白い小説に仕上げている。登場人物のキャラが立っていて皆魅力的。いい意味で突っ込みどころ満載。

ワーニャ伯父さん/三人姉妹

チェーホフ「ワーニャ伯父さん/三人姉妹」

人生を棒に振ったと悔やむワーニャ、自分は華々しい人生を生きることはできないと悟っているソーニャ、現実と向き合いきれない三人姉妹。

チェーホフの戯曲には主役がいない。この2作は、どこか達観したような「桜の園」ほど乾いておらず、結構暗い印象。決してすっと心に入ってくる作品ではないけど、この閉塞感は胸に迫る。

誰もが抱える、思い描いていた人生を歩めないという絶望。それを甘いと切り捨てられる人には全くひびかないだろうけど。

定本 日本の秘境

岡田喜秋「定本 日本の秘境」

経済成長の波がまだ地方に及んでいない昭和30年代前半に書かれた紀行文。秘境とは書いているものの、人跡未踏の地ではなく、あくまで人間の住む土地。九州脊梁山地から、神流川、大杉谷、佐田岬、襟裳岬…。中宮、酸ヶ湯、夏油といった温泉の往時の姿も興味深い。

宮本常一は「自然は寂しい。しかし人の手が加わるとあたたかくなる」と書いたが、まさにその“あたたかな風景”を求める旅。
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単独行

加藤文太郎「単独行」

“孤高の人”として知られる加藤文太郎(1905~36)。戦前、パーティーを組むのが常識だった登山に単独で挑み、冬季槍ケ岳などで数々の単独登頂記録を残して「不死身の加藤」とも呼ばれた。
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