ゲルマニウムの夜 ―王国記1

花村萬月「ゲルマニウムの夜 ―王国記1」

過激な暴力、性描写と書くと、よくある純文学の一分野の気がしてしまうが、これはグロテスクさで一つ突き抜けている。修道院を舞台に神を冒涜するかのような行為が重ねられていくが、それは宗教の欺瞞を露わにしながら、同時に信仰の悦楽に対する研究となっている。過激な描写はあくまで表面的なもので、その核にあるモチーフは古典的な印象。

幕が上がる

平田オリザ「幕が上がる」

“静かな演劇”の地平を切り開いた著者がどんな小説を書くのか気になっていたら、これが意外なほど爽やかな青春小説。そして、まさにそれを狙ったのだろうけど、“高校演劇入門”としても白眉の出来。余計なドラマが無いのがいい。唯一のドラマが元女優の副顧問を巡る後半の展開だけど、それすら無くてもいいくらい。

普通の悩みだからこそ、かけがえがない。ドラマがないからこそ、日々は可能性と希望に満ちあふれている。こんな風に夢中になれるものを見つけられたら。

阿蘭陀西鶴

朝井まかて「阿蘭陀西鶴」

西鶴を盲目の娘の視点から描く時代小説。評伝であり、父娘の物語でもある。俳諧師として名を成しながら、やがて草子作者に転じる。市井の人々の抱える物語に興味を持ち、あふれる様に作品を生み出した西鶴の人柄が伝わってくる。「大衆小説」の誕生を描いた作品と言えるかもしれない。舞台は大阪。庶民の生き生きとした描写に、江戸の時代小説とは違う柔らかい雰囲気が漂う。

不義密通 ―禁じられた恋の江戸

氏家幹人「不義密通 ―禁じられた恋の江戸」

古典を理解する上で、江戸時代の貞操観念の理解が欠かせないと思い、手に取った一冊。
(実際には、上記の真面目な理由と、下世話な関心が半々)

不義密通の事例を各藩の史料から次々と引用していくばかりで、それほど厚い本でもないのにお腹いっぱい。人の世は今も昔も変わらないんだな、という印象。ただ体面は現代とは比べ物にならないほど気にされたようで、寝取られた側にも課される厳しい処分や、妻敵討の事例はなかなか興味深い。もう少し社会学、歴史学的な考察があれば。

巷談 本牧亭

安藤鶴夫「巷談 本牧亭」

半世紀前の直木賞を受賞した、安藤鶴夫の小説での代表作。

東京最後の講談定席、本牧亭を舞台に、そこを訪れる常連、芸人の悲喜こもごもを淡々とした筆致で綴っていく。今となっては失われてしまった世界を描いていてちょっと切ないけど、読んでいて何とも温かい気持ちになる。どことなくからっとしているのは、江戸っ子気質か。人の世の喜怒哀楽全てに対して優しくなれそうな作品。

土壇場における人間の研究 ―ニューギニア闇の戦跡

佐藤清彦「土壇場における人間の研究 ―ニューギニア闇の戦跡」

「ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア」と恐れられたニューギニア戦線。文字通り同胞相食む極限状態に陥った日本軍兵士の状況を、膨大な手記や証言から明らかにしていく労作。
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苦海浄土

石牟礼道子「苦海浄土」 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

「苦海浄土―わが水俣病」に第2部「神々の村」、第3部「天の魚」をまとめた世界文学全集版。どのページを開いても胸が苦しくなるような言葉が綴られ、あまりの密度の濃さに読み進めるのにかなり苦労した。

よく知られた第1部では失われた世界、前近代の残光のような幸福感を描いていて、逆説的な人間賛歌でもあったが、第2部からは患者組織が分裂、訴訟に至り、水俣市民に憎まれ、国民から厄介者とされていく過程が生々しく描かれている。
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ボラード病

吉村萬壱「ボラード病」

直接には描かれていないが、震災と原発事故を強く意識した小説。“素晴らしいふるさと”への同調圧力、集団意識の恐ろしさや、「絆」を声高に語ることのの醜悪さというテーマや問題意識には強く共感するけど、正直、このテーマは寓話として書くには適していないのではないか。現実の居心地の悪さの方が、ずっと複雑で、ずっと暗い。震災の前後、福島で暮らしていた自分には素直に物語に入ることができなかった。
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2014年まとめ

2014年に読んだ本は106冊(前年比26↓)、計2万9725ページ(同約1万↓)、1日平均81ぺージ(同28↓)と大きく減った。

  

その中で、石牟礼道子の自伝「葭の渚」と、終戦を知らずニューギニアの密林で暮らした10年を綴った島田覚夫「私は魔境に生きた」は強く心に残った。

 

“世界一幸せな土地”を求めて旅するE.ワイナーの旅行記「世界しあわせ紀行」、アメリカ製の心の病が世界を席巻していく状況に警鐘を鳴らすE.ウォッターズ「クレイジー・ライク・アメリカ」、河竹黙阿弥の生涯を描く河竹登志夫「黙阿弥」なども面白かった。

小説では、石牟礼道子「十六夜橋」、有吉佐和子「紀の川」、村上春樹の新訳、サリンジャーの「フラニーとズーイ」、松井今朝子「仲蔵狂乱」、黒川博行「文福茶釜」など。どれも最近の作品ではないけど。

弾左衛門とその時代

塩見鮮一郎「弾左衛門とその時代」

穢多頭、長吏頭として江戸期の被差別民を統率した「弾左衛門」。最後の弾左衛門(13代目、弾直樹)の生涯と、初代が関八州を家康から任せられるようになった経緯の考察が中心。

特に明治の解放令に直面した13代目の話が興味深い。被差別民の解放は、土地の商品化や皮革産業における特権の解体など、資本主義の要請と一体だった。身分制度は、差別意識のみが歪んだ形で次の時代に残ってしまった。