タカラヅカ

毎日新聞社「タカラヅカ」

70年代に「ベルサイユのばら」が社会現象となった直後の宝塚を取り上げた連載企画。あとがきで自ら“野次馬根性”と書いている通り、奔放な連載ながら、当時の空気感が伝わってくる名企画。人工美を追求した舞台と宝塚の町。何より、浮世離れした歌劇団や音楽学校の世界に踏み込んでいて、今読んでもとても面白い。

儚い羊たちの祝宴

米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」

ミステリーというよりもホラーの連作短編集。「ラスト一行の衝撃」という帯は少し大げさだけど、各編とも終盤で登場人物の歪みが明らかにされて、途端にホラー作品になる。この著者の作品を読んだのはこれが初めて。衒学的なライトノベルって感じの文章で、巻末の参考文献に中野美代子の名前があって納得。

プロメテウスの罠3

「プロメテウスの罠3 福島原発事故、新たなる真実」

シリーズ3冊目。内容は少しずつ地味になってきたけど、病院や高齢者などの避難のリスク、除染、がれきの処理など、かえって大切なテーマが増えた。

原発爆発後に町民にヨウ素剤を配った三春町については、これまで称賛も含めて表面的な扱いにとどまっていたが、大熊町から避難してきた専門知識のある職員がいて、風向きも見て判断した経緯が明らかにされている。

また、除染でもがれきの広域処理でも電通に巨額の広告代が流れていること、東洋町が最終処分場の調査受け入れ表明をした際に、裏で山師のような人物が動いていたことなどもとても興味深い。

容疑者Xの献身

東野圭吾「容疑者Xの献身」

スリリングで一気に読んでしまった。物語のテンポの良さ、トリック、終盤のたたみかけるような急展開など、一級のエンターテイメント。ただ、いつものことながら、登場人物の行動にちょっとした違和感も。都合の良い場面で唐突に理解を超えたような愛とか執着が出てきて、純愛、泣ける、という評価には、うーん、という感じ。

テロルの決算

沢木耕太郎「テロルの決算」

17歳のテロリストと左派の老政治家。演説会の壇上で山口二矢の短刀が浅沼稲次郎の胸を貫く一瞬まで、二人の人生を丁寧に描いたノンフィクション。

山口二矢の心情だけでなく、“庶民”として戦争協力の道を歩まざるを得なかった苦悩など、浅沼の評伝としても非常に興味深い。

一つの事件を扱ったノンフィクションとしては、これ以上のものは書き得ないのでは。新聞でも何でも、加害者の報じ方の安っぽさと想像力の欠如が、被害者の人生をも貶めている。

獄門島

横溝正史「獄門島」

60年以上前の作品と思えないほど、古さを感じない。トリックはともかく、見立ても伏線も、日本のミステリーやサスペンスのスタイルがほとんど完成されている。

何より、この村社会の陰鬱な雰囲気は他の作家では出し得ない。気ちがいという言葉が繰り返し出てきて時代を感じるなあと思いつつ、その言葉にも仕掛けが。この言葉遊びは現代ではできない。

赤い高粱

莫言「赤い高粱」

抗日戦争の時代を舞台に、中国山東省に生きた一族の物語。幻想的な高粱畑の描写が続く。

マジックリアリズムとは違うと思うけど、スタイルだけではなく、小説全体にガルシア・マルケスのような雰囲気が漂う。ノーベル文学賞の受賞理由に挙げられた“hallucinatory realism”、幻覚的という言葉が確かにしっくり来る。南米と中国の農村にはどこか風土に通じるものがあるのかもしれない。

以前行ったボリビアやペルーの町は、遠くから見ると荒野に築かれた人の巣のように見える。その風景を思い出した。

サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か

ミチオ・カク「サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か」

フォースフィールド、ライトセーバー、デススター、テレポーテーション、不可視化、念力……SFに出てくる技術が実現可能か、物理学の立場から本格的に考察した一冊。永久機関と予知能力以外は物理法則には反しないとして、実現のための課題を解説している。

ほとんどの技術は莫大なエネルギーをいかに調達し、制御するかの問題につきる。後半になるにつれて科学の門外漢には少し難しくなるけど、とても刺激的な一冊。

通天閣

西加奈子「通天閣」

孤独なおっさんと、捨てられた女。通天閣を挟んで緩やかに交錯するさえない二人の日常。日々に閉じ込められ、狭い視野にとらわれていた二人の視界が最後にぱっと広がり、温かみのある苦笑いをしてしまうラスト。人物も物語も輪郭がとてもはっきりしていて、かつ嫌みがない。通天閣って、実際はそこまで存在感が無いけど、そのさえない優しさがこの物語にふさわしい。