中村文則「掏摸」
スリ師の主人公の前に現れる、悪の塊のような男。設定も人物描写もリアリティに乏しいけど、かえって話の軸がはっきりと感じられ、一種の犯罪小説として物語に引き込まれる。登場人物の内面描写も最小限で、運命の理不尽さが際立つ。文体も物語の速度も現代的だけど、全体に漂う“悪ぶった感じ”は、どこか古風な印象。
読んだ本の記録。
高山文彦「火花 北条民雄の生涯」
「何もかも奪われてしまって、ただ一つ、生命だけが取り残された」と「いのちの初夜」で書いた北條民雄。
「社会的人間として亡びるだけではありません。そんな浅はかな亡び方では決してないのです」
癩を病み、23歳の若さで夭逝するまで生きることの恐ろしさを極限化した生を見つめ続けた。その作品は究極の所で、生を肯定する叫びとなった。
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高野秀行「謎の独立国家ソマリランド」
圧巻。事実上の独立国家ソマリランド、海賊国家プントランド、そして無政府地帯。不可能と思えるような地域を旅してエンターテイメントに仕立てあげながら、氏族の構造や政治体制、歴史にまで踏み込んでいて、著者の取材力に脱帽。現在の“ソマリア”に関するほぼ唯一の日本語文献として、資料的な価値も高い。
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