黒い家

貴志祐介「黒い家」

ぞっとする怖さではなく、緊張感と嫌な感じが続く。ホラーというより、サスペンスとして一級品。クライマックスの場面は、日本のエンタメ小説史に残る恐ろしさ。

ただ、最後、生保の闇を人間社会に広げるのは極端だし、兄の呪縛から解放されるくだりは、そこまでの丁寧な物語運びからすれば、あっけない印象。

歌行燈・高野聖

泉鏡花「歌行燈・高野聖」

妖艶な文体。無駄を切り落とした構成が、それをいっそう際立たせている。

主語、述語の省略、体現止め…。日本語は非常に多様な文体を生み出す可能性を持っているのに、最近の小説は均質化してしまっているように思う。

しゃばけ

畠中恵「しゃばけ」

虚弱体質の若だんなと妖怪が殺人事件の解決に挑む。ちょっとミステリ調で、妖怪が自然に物語にとけ込んでいるあたり、良い感じの和風ファンタジー。

ただ内容の割に文体が平淡すぎるのが、ちょっと物足りないかも。

イスラム飲酒紀行

高野秀行「イスラム飲酒紀行」

飲んで飲まれて見えてくるイスラム社会のもう一つの顔。人生はちょっと顰蹙を買うくらいが面白い。

空の中

有川浩「空の中」

著者の作品を評して時々使われる“大人向けライトノベル”とは言い得て妙。文章や構成は丁寧だけど、キャラ作りとかセリフとかがラノベっぽい。読みながらにやにやしてしまう。ストーリーも驚きは無いけど、良いよねこういうの、って読後感。老若男女、お話が好きな全ての人にお勧めできる。

必生 闘う仏教

佐々井秀嶺「必生 闘う仏教」

インド仏教の先頭に立つ元日本人僧。煩悩も生きる力と言い切り、アウトカーストの解放に尽くす破格の人物。

現代日本の仏教からみれば「闘い」という言葉自体が異質だが、日本でも中世に日蓮や親鸞が出てきた時はこの人のような「闘う仏教」だったのだろう。

スティル・ライフ

池澤夏樹「スティル・ライフ」

初期の池澤夏樹の文章は透明感という言葉がしっくりくる。文章を読むだけで気持ちが軽くなる作家はそうそういない。

日本の路地を旅する

上原善広「日本の路地を旅する」

中上健次が「路地」と呼んだ非差別部落。

元が雑誌の連載ということもあってあっさり気味だが、それでも十分読み応えがある。これで終わりではなく、路地出身の著者自身の物語や、路地それぞれの今をもっと読みたい。

世界の放射線被曝地調査

高田純「世界の放射線被曝地調査 ―自ら測定した渾身のレポート」

ルポのようで読み物として面白い。セミパラチンスクなどは有名だが、他にもこれほどの被曝地が地球上にあるというのが結構な衝撃。

「結果を住民に知らせることが調査の基本的ルールである」

今、福島県内に調査に入っている学者や市民団体に聞かせてやりたい。

葉桜の季節に君を想うということ

歌野晶午「葉桜の季節に君を想うということ」

中途半端にきざな文章が鼻について前半は読み進めるのが苦痛だったが、それも含めて大がかりな叙述トリックは見事としか言いようがない。全体的に仕掛けのために物語を組み立てたような不自然さは否めないが、叙述トリックの大傑作。