赤朽葉家の伝説

桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」

旧家に生きた祖母、母、わたしと続く三世代の物語。前半はラノベ版「百年の孤独」って感じで、マジックリアリズムの雰囲気も。最後は文体も変わって軽いミステリ風になりつつ、前向きな終わり方。

とってつけたような戦後史や世相の挿入は無くても良い気がするが、作者が楽しんで書いたのが伝わってくる。読んだ人によって、三世代それぞれに異なった印象を受けるのでは。

乳と卵

川上未映子「乳と卵(らん)」

饒舌な語りが町田康を思わせるが、書こうとしているものはかなり違う。身体や世界との違和感。読み手へのサービス精神もあって、文章を読むこと自体に心地よさを感じられる。

正直なところ、この作品は“女性”が全面に出過ぎていて入り込めなかったけど、クライマックスのシーンは心に残った。

根津権現裏

藤澤清造「根津権現裏」

自殺した友人を巡る物語。「等身大」と言ったら安っぽく響くが、同じ私小説でも安吾のように突き抜けた駄目さではなく、百閒のようなユーモアも無い。ただその地味さが逆に現実味があって、共感できる。

西村賢太が再び光を当てるまで、ほぼ忘れられかけていた作品なのに古さを感じない。

私家版 差別語辞典

上原善広「私家版 差別語辞典」

言葉がどう規制され、差別語となるのか。この本は辞典と言うよりエッセイに近いけど、一人でも多くの人に知ってもらいたい内容。

メディアはどうしても無難な表現を使わざるを得ないが、過剰な自粛が言葉を消すことはあってはならない。不適切な言葉は「歴史上の言葉」に移行させるべきで、無理に葬れば、悪意は形を変えて再び姿を現すだろう。

幻獣ムベンベを追え

高野秀行「幻獣ムベンベを追え」

コンゴ奥地に生息するというモケーレ・ムベンベ。“誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く”著者の早大探検部時代の原点。

無謀だからこそ切り開ける世界がある。

センセイの鞄

川上弘美「センセイの鞄」

老境を迎えたセンセイとの、気恥ずかしくなってしまうような恋愛小説。

初期のシュールな作品が好きで高校のころよく読んだけど、それらの作品群からすれば驚くほどシンプル。でも静かな空気はどこか似ている。読み終わって、素直にいいよね、って感じられる一冊。

浄土

町田康「浄土」

独特のリズムで語られる、しょうもない話。そこに通底する不条理な世界への怒り。町田康らしいパンクな短編集。

短い話の方がこの人の勢いがよく表れているけど、「告白」のような長編をもう少し読んでみたい。

中陰の花

玄侑宗久「中陰の花」

死とは、成仏とは。テーマは大きいが、物語上は何も起こらない。淡々とした文章と控えめな死生観が、主人公の僧侶の悩みに親近感を抱かせる。近年では珍しい真摯な小説。

性の民俗誌

池田弥三郎「性の民俗誌」

古典文学や小唄、川柳を通じて日本の性や男女関係の多様さを説き明かす。

大変面白い。ただ、この本も含めて、こうしたテーマは民俗を直接採集したものが少ないのが残念。赤松啓介氏の本なんかも非常に刺激的だけど、記憶による部分が多いし、もっと体系的な本が無いかな。無理か。