時間が経つにつれて、言葉が記憶となり、歴史となっていく。過去は日々再構成され、集団の記憶となる。それに抗うためには、個々の体験を残していくしかない。
震災直後から東北を取材してきた著者には「遺体」という非常に重いノンフィクションがあるが、本書は長編にまとめられなかったさまざまなエピソードを綴った一冊。津波の悲劇だけではなく、心の平静を失った被災者の姿や避難所でのトラブルなど、表だっては語られることの少なかった被災地の実相が記録されている。
涙無くして読めないエピソード、心が落ち込むような事実も少なくないが、震災から9年が経過した今、通読して心に残ったのは、著者自身が文庫版(2015年)のあとがきに記しているように、人間が、たくましく、しぶとく生きようとする姿。直接・間接に約二万人が犠牲になった一方で、数十万、数百万の人々が、震災で何かを失いながらも今この時を生きている。そのことへの想像力を忘れないように。