沖で待つ

絲山秋子「沖で待つ」

併録の「勤労感謝の日」と共に会社や社会への思いを抑えた筆致で描く。会社の同期との仲間感覚とかに共感できる人には心に残ると思うけど、個人的にはあまり響かなかった。一世代上、30代後半~40代辺りの感覚なのかな。

最後の「ぶんたろう」は風刺なんだろうけど、風刺なら中途半端で物足りない。

高丘親王航海記

澁澤龍彦「高丘親王航海記」

幼い日の憧れから天竺を目指す御子。夢と現が溶け合ったような、突拍子もない、だけど不思議な魅力に溢れた旅物語。

さらりとした文章なのに、どうしてこんな雰囲気を出せるのだろう。ファンタジーの一つの完成形。

性の民俗誌

池田弥三郎「性の民俗誌」

古典文学や小唄、川柳を通じて日本の性や男女関係の多様さを説き明かす。

大変面白い。ただ、この本も含めて、こうしたテーマは民俗を直接採集したものが少ないのが残念。赤松啓介氏の本なんかも非常に刺激的だけど、記憶による部分が多いし、もっと体系的な本が無いかな。無理か。

黒い家

貴志祐介「黒い家」

ぞっとする怖さではなく、緊張感と嫌な感じが続く。ホラーというより、サスペンスとして一級品。クライマックスの場面は、日本のエンタメ小説史に残る恐ろしさ。

ただ、最後、生保の闇を人間社会に広げるのは極端だし、兄の呪縛から解放されるくだりは、そこまでの丁寧な物語運びからすれば、あっけない印象。

歌行燈・高野聖

泉鏡花「歌行燈・高野聖」

妖艶な文体。無駄を切り落とした構成が、それをいっそう際立たせている。

主語、述語の省略、体現止め…。日本語は非常に多様な文体を生み出す可能性を持っているのに、最近の小説は均質化してしまっているように思う。

しゃばけ

畠中恵「しゃばけ」

虚弱体質の若だんなと妖怪が殺人事件の解決に挑む。ちょっとミステリ調で、妖怪が自然に物語にとけ込んでいるあたり、良い感じの和風ファンタジー。

ただ内容の割に文体が平淡すぎるのが、ちょっと物足りないかも。

イスラム飲酒紀行

高野秀行「イスラム飲酒紀行」

飲んで飲まれて見えてくるイスラム社会のもう一つの顔。人生はちょっと顰蹙を買うくらいが面白い。

ワセダ三畳青春記

高野秀行「ワセダ三畳青春記」

いいなあ、大学に戻りたくなってしまった。

アパートの三畳間を駆け抜けた青春人模様。最後、恋してアパートを離れる決意をするところは心がほっとしてしまった。すてきな1冊。

空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む

角幡唯介「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」

チベットのツァンポー峡谷に残された未踏の5マイルに挑んだ記録。

石川直樹は神田道夫を題材に「最後の冒険家」という本を書いたが、この本からは現代でも“冒険”はし得るという強い思いを感じる。それはかつてに比べればずっと個人的なものだけど。

空の中

有川浩「空の中」

著者の作品を評して時々使われる“大人向けライトノベル”とは言い得て妙。文章や構成は丁寧だけど、キャラ作りとかセリフとかがラノベっぽい。読みながらにやにやしてしまう。ストーリーも驚きは無いけど、良いよねこういうの、って読後感。老若男女、お話が好きな全ての人にお勧めできる。