松井今朝子「師父の遺言」
直木賞作家である著者の自伝だが、その多くを戦後文化の巨人(怪人?)、武智鉄二とのエピソードが占めており、一種の評伝ともなっている。あくまで思い出としての書き方で少し物足りない部分もあるけど、活動、発言の振幅が広く、なかなか実像がつかめない武智鉄二という人物の情熱、器の大きさ、そして何より人間らしい側面を最後の弟子という立場から綴っていて胸を打つ。“兄弟子”である扇雀(坂田藤十郎)とのやりとりも印象的。
読んだ本の記録。
安藤鶴夫による文章が3編収録されているが、山城小掾となる前の古靭太夫の芸談と、紋十郎の評伝が特にすばらしい。古靭の芸談は戦争による連載中止で途中で終わってしまっているが、若き修行の日々を丁寧に語っていて、それ自体がひとつの浄瑠璃のよう。そして花形として一時代を築きながら三和会の会長となって苦難の日々を送った紋十郎の半生。住太夫や簑助がまだ入門したてで、現在の文楽協会の前史とも言える物語。当時の空気を伝えていて読み応えがある。