「作文の極意はただ名文に接し名文に親しむこと、それに盡きる。事実、古来の名文家はみなさうすることによつて文章に秀でたので、この場合、例外はまつたくなかつたとわたしは信じてゐる」
文章術の本は、作家、記者、ライター、学者など、さまざまな立場の人の手で数え切れないほど書かれてきたし、今も新刊が続々と誕生している。その大きな流れの一つとして、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫など、作家による「文章読本」がある。その中でも丸谷才一の文章読本は、作家系の本としては、谷崎らの先行作の内容を踏まえていることもあり、決定版と言っていいだろう。
「『思つたとほりに書け』といふ文章訓があつて、これがなかなか評判がいいらしい。話が簡単で威勢がいいから受けるのだらうが、わたしに言わせれば大変な心得ちがひである。(中略)頭に浮んだことをそのまますらすら写せばそれで読むに堪へる文章が出来あがるなんて、そんなうまい話があるものかといふことである。(中略)これは当り前の話で、文章は文章の型にのつとつて書くものである。それが作文の基本なのだ」
著者が打ち出す文章の極意は「ちょっと気取って書け」。その上で、文章力向上の要諦は、とにかく名文を読むことという。それは表現の技術を身につけることより、思考を文章として再構成する流れを感覚として身につけるために必要なのだ。
それは個人的にもここ数年痛感している。どんな本も漫然と読むのではなく、もうちょっと丁寧に文章を消化していれば、もう少しましな文章を書けるようになっていただろうと思うと、これまでの歳月が恨めしい。