地球にちりばめられて

多和田葉子「地球にちりばめられて」

近未来と思しきヨーロッパを舞台に、言語とアイデンティティの問題を鋭く問う作品。と言われると読む気が失せるが、決して肩肘張ったお堅い小説ではなく、軽妙洒脱なユーモアが全編に満ちている。

デンマークで言語学を学ぶ青年クヌートは、「パンスカ」と名付けた人工語を操るHirukoと出会う。作中で明言されることはないものの、Hirukoの故郷は日本らしい。ただ、その国は既に存在しない。移民として国境を越えるうちに、幾つかの言語が混ざり合ったパンスカ=汎スカンジナビア語を生み出した彼女の姿は、言語の境が流動化していく未来を予言しているようでもある。

自分と同じ言葉を話す人々を探して旅をするうちに、Hirukoの周りに出自も母語も違う不思議な人々の集団ができあがる。興味深いのはテンゾという人物のエピソードで、Hirukoの同郷者と思われた彼は、実はグリーンランド出身のエスキモー。寿司職人として経歴を偽り、新たな言語を学ぶうちに第二のアイデンティティを獲得したという彼との出会いで、Hirukoは「ネイティブ・スピーカー」という考え方の無意味さに気付く。言語を一人一人の意識の上で相対化することで、新たな社会の形が築けるかもしれないという可能性を感じさせる物語。

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