近年注目される「ダークツーリズム」に関する入門書。学術的な内容ではなく、主に旅行ガイド風の文章で構成され、ダークツーリズムがどういった旅かを分かりやすく示している。
戦跡などは以前から観光地の一つになってきたが、負の記憶を後世に伝えるための手段として観光に目を向ける「ダークツーリズム」の概念は、90年代の英国で提唱されたという。
小樽、西表島という悲劇のイメージがあまりない土地から書き出しているのが興味深い。どんな土地にも歴史の明暗はあるはずで、そこに負のイメージが無いということは、忘れられた歴史が存在するということでもある。小樽には近代化に伴う性労働者や下層労働者の苦しみが、西表島では軍による住民の強制移住や、漂着船への虐待事件などの暗い歴史がある。遺構や碑などがない土地では歴史の継承も困難になっているという著者の指摘は、東日本大震災など、被災地の遺構の保存についても考えさせられる。
歴史学ではなく、観光学の視点からの文章で、負の記憶をコンテンツと表現する言葉遣いは不快に思う向きもあるだろうし、それを消費の対象とすることに反発を感じる人も多いかもしれない。一方で、悲しみの記憶や社会の過ちを後世に広く受け継いでいくにあたって、観光という手段が有効であることも間違いない。
今思えば、自分が大学生の頃にしていた旅行も、現代史への関心から「ダークツーリズム」の要素が強かった。内戦の爪痕生々しいレバノンやパレスチナ、旧ユーゴ、ルワンダなどを気楽な旅行者の立場で回ることにやや引け目もあったが、自分の足で“観光”しなければ、それらの土地の歴史は、遠い世界のフィクションのような出来事のままだったとも思う。