ハレルヤ

保坂和志「ハレルヤ」

表題作と「十三夜のコインランドリー」「こことよそ」「生きる歓び」の4編を収録した短編集。

ある時期から猫の話ばかり書くようになった著者だが、この短編集も「こことよそ」以外は主に猫の話。ただ、そこにつづられているのは猫の物語ではなく、個々の猫の存在そのものであり、著者は猫を通して世界や生、死のことを考えている。

表題作は18年あまり一緒の時を過ごした「花ちゃん」の話。左眼がなく、病弱で手のかかる子だった花ちゃんとの別れ。それを「悲しみ」という型にはめずにひたすらつづることで、著者の文章は、何か/誰かがこの世界に存在することの本質、歓びのようなものにたどり着く。

著者の小説は、言葉遣いは平易だが、とりとめのない思考のように文章があちこちに飛んでいく。友人の死の知らせをきっかけとした思考をつづった「こことよそ」は特にその印象が強い。それは「物語」として思い浮かべる「小説」とも、旧来の私小説とも、エッセイとも違う不思議な感触の文章である。

言葉は最も根源的な表現手段でありながら、思考の枷にもなる。それでも著者は言葉で、文章で、考えようとする。世界や感情を言葉に落とし込むのではなく、それに言葉で近づいていこうとする。

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