大阪には坂が少ない。現在の市街地の大半が沖積平野で起伏がほとんどない。そのぶん、上町台地との間に並ぶ天王寺七坂は、二つの世界を結びつけるような不思議な存在感がある。真言坂、源聖寺坂、口縄坂、愛染坂、清水坂、天神坂、逢坂、という名前もいい。
本書はその七坂を舞台にした連作短編集。本格ミステリのイメージの強い作家だが、本書でつづられるのは怪談。怖いというより、不思議で切ない話が多い。
著者はあとがきで「私にとって最も大阪らしいと思える土地」と七坂を舞台にした理由を記している。道頓堀も、新世界も、大阪らしい土地であるのは間違いないが、上町台地の西に連なる坂は、おそらく大阪が街になってからの歴史を全て見つめてきた。
「私はその界隈を歩くと、糸より細い声で大阪が歌っているのを微かに聴く。(中略)古都と呼ばれる間もなく、常に今を生き続ける大阪の鼓動はあまりに強くて、歌声は搔き消されがちだ」
「大阪の歌声を聴いてから、遠い土地へ旅した時に思うようになった。私に聴こえないだけで、ここも歌っているのだろう、と」