寺田寅彦「柿の種」
物理学者で俳人でもある寺田寅彦。他愛ない日常の話題が多いが、短いコラムの見本と言えるほど、すとんと心の中に入ってくる。大正時代の文章とは思えない。
「脚を切断してしまった人が、時々、なくなっている足の先のかゆみや痛みを感じることがあるそうである。総入れ歯をした人が、どうかすると、その歯がずきずきうずくように感じることもあるそうである。こういう話を聞きながら、私はふと、出家遁世の人の心を想いみた。生命のある限り、世を捨てるということは、とてもできそうに思われない」
「自分の欠点を相当よく知っている人はあるが、自分のほんとうの美点を知っている人はめったにいないようである。欠点は自覚することによって改善されるが、美点は自覚することによってそこなわれ亡われるせいではないかと思われる」
「風流とは心の自由を意味すると思われる」